北海道鹿追町

海道鹿追町

鹿追は、北海道十勝にある町です。「鹿追」という町名の由来は、アイヌ語の「クテクウシ」(鹿を追う広大な土地)からきております。総面積402.86 km²の町内には、2009年時点で、総人口5700人が生活しております。

鹿追の歴史は、明治35年に東京の山田松次郎氏が現在の市街付近に入植したのが始まりといわれてます。
その後、大正2年に同地域に宿駅が開設され、本州各地より続々と移住した人々の手で発展し、大正9年時点で人口4526人(822世帯)の規模となりました。 1921年4月に、当時の音更村より分村し鹿追村となりました。大正12年、河西鉄道が開設され、ビート輸送が開始ます。その後、大正14年5月に、一般貨物と旅客営業が許可、昭和3年~6年にかけて北海道拓殖鉄道が上士幌~新得間に開通するなど、鉄道の発展が街の経済に大きな影響を与えてきました。

人口の推移は、終戦後に集団疎開者などの入植、自衛隊駐屯地の誘致により急速に増加し、昭和34年9月に町制が施行され鹿追町となりました。 (昭和35年時点で、10,448人(1,970世帯))。

その後昭和36年の10,778人をピークに、冷害、他産業の発展等の影響による農業者の離農等により人口も減少の一途をたどってきましたが、平成5年頃からは横這い傾向になってきています。